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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2966号 判決

控訴人 村山栄美子

右訴訟代理人弁護士 市来八郎

被控訴人 千葉のどか

右訴訟代理人弁護士 徳岡寿夫

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一二九万〇三九四円及び内金一一七万〇三九四円に対する昭和五一年五月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

原判決六枚目表五行目末尾に「したがって、国民健康保険により填補を受けた右治療費は、被控訴人の損害につき過失相殺をするに際して、まずその損害総額に算入して過失相殺を施したうえ、次にその残額から右治療費を既填補分として控除すべきである。」を加える。

(控訴人の主張)

一 控訴人は自転車に乗って同方向に歩行中の被控訴人の左側を通過するべく進行中、控訴人と被控訴人が並んだ瞬間に、被控訴人は突然左に向きを変えて控訴人運転の自転車の右ペダル付近あるいは後部スタンドに接触してきたものであって、本件事故は控訴人にとって不可抗力によるものである。仮に控訴人に過失が認められるとしても右の事故の態様、路側帯が存在するにかかわらず被控訴人は道路の中央寄りを歩行していたこと、その他被控訴人の身体的状況等被控訴人側の諸般の事情によれば、控訴人と被控訴人間の過失の割合は、被控訴人の方が過失の程度が大きいものである。

二 被控訴人は昭和五一年八月末に退院予定であったところ、原因不明の症状のため入院を継続するに至ったが、この原因不明の症状による入院継続期間に生じた損害が本件事故と相当因果関係にあるという証明はない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  本件事故の状況

本件交通事故の事故発生時の状況は、次のとおり加除訂正するほか、原判決がその七枚目表四行目から同九枚目裏八行目までにおいて説示するところと同一であるから、これを引用する。

原判決七枚目表九、一〇行目「乙第二号証の一ないし六、」の次に「当審証人尾形義隆の証言」を加え、同一〇、一一行目「被告村山栄美子並びに原告本人の各尋問結果」を「被控訴人(原審及び当審)ならびに控訴人(原審及び当審)の各本人尋問の結果」と、同裏六行目「自動車」を「自転車」とそれぞれ改め、同九枚目表三行目「、特段の注意」から同六行目「なお」までを削除し、同七行目「ブレーキもかけることなく」を「警笛を鳴らすことなく」、同八行目を「漫然とそのままの速度で同一進路を進行したため、直前になって特段の事情もないのにふらふらと左に寄ってきた被控訴人を避けることができず、被控訴人に自車を接触させたが」とそれぞれ改める。

二  控訴人の過失の有無

そこで控訴人の過失の有無について検討するに、控訴人は車道中央やや左寄りの部分を時速約一〇キロメートルの速度で前記自転車を運転して進行中、同じく車道中央やや右寄り部分を同一方向へ歩行中の被控訴人を前方一五ないし二〇メートルの地点に認めたのであるが、そのまま直進すれば、控訴人の運転する自転車は被控訴人の左直近を通過する位置関係にあったことは前記認定のとおりである。ところで、一般に自転車運転者としては車道を通行するに際しては特段の事情がない限り車道左端に沿って進行すべきであり、また歩行者が歩行するに際して蛇行したり急に方向を転換することもよくあることであるから、このような場合、自転車の運転者としては歩行者の後方からその側方を通過するに際しては歩行者の動向に注意し必要に応じて警笛を鳴らしてその注意を喚起することはもちろん、歩行者との間隔を充分にとり車道左端に進路を変更して安全に通過すべき注意義務があるのに、これを怠り、道路左側部分に何らの障害物も存しないにもかかわらずそのまま漫然と直進し、被控訴人の左側約五〇センチメートルの間隔を置いただけで同人を追抜こうとしたため、直前になって左側にふらふらと寄ってきた被控訴人を避けることができず、これに右自転車を接触転倒させたものであるから、控訴人には右注意義務を怠った過失があると認めるのが相当である。控訴人の不可抗力の抗弁は、右認定事実に照らし採用できない。

三  被控訴人の損害

1  被控訴人の傷害の程度

本件交通事故による被控訴人の傷害の程度についての判断は、次のとおり付加するほか、原判決がその一一枚目表一行目から同裏六行目までにおいて説示するところと同一であるから、これを引用する。

原判決一一枚目裏三行目の「悪化したため」の次に「原因不明の症状のため」を加える。

2  被控訴人の休業損害

被控訴人の休業損害についての判断は、次のとおり訂正するほか、原判決がその一一枚目裏九行目から同一二枚目表末行まで、同裏五行目から同一三枚目裏六行目までにおいて説示するところと同一であるから、これを引用する。

原判決一一枚目裏九行目から同一二枚目表五行目「認めることができる。」までを「原審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件事故前における被控訴人の収入は、訴外愛育看護婦家政婦紹介所所属の付添看護婦として昭和五一年一月一日から五月一九日までの一四〇日間のうち一〇二日間病院等で付添看護婦として稼動し、その間に合計金七一万六六四〇円の付添看護料を得ており、右金員から被控訴人所属の右紹介所に納める一割の紹介料を差引くと、被控訴人の右期間における実収入は金六四万四九七六円であって、前記一四〇日でこれを除すると一日平均金四六〇六円の収入を得ていたと認めることができる。乙第四号証の二、四、五、八、九の記載中右認定に反する部分は、その記載の計算関係が不明確であり、当審における被控訴人本人尋問の結果に照して採用できない。」と、同一〇、一一行目の逸失利益額「金一九八万五七八四円」を「金一七八万七一二八円」とそれぞれを改める。

3  慰藉料

上記認定の本件交通事故の態様、傷害の程度内容、治療経過及び入通院期間等、本件弁論に顕われた一切の事情を考慮すると、被控訴人の精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

4  過失相殺

ところで、前記認定の道路状況のもとにおいては、被控訴人も歩行者として北側路側帯を通行すべきところ、車道中央付近を歩き、かつ特段の事由もないのに急に左側に寄った過失が認められるから、同人に対する損害賠償額を定めるに当っては、被控訴人の右過失も斟酌すべきものである。そこで、控訴人と被控訴人との間の過失割合について検討するに、前記認定の道路状況、事故の態様、控訴人及び被控訴人の各過失の内容程度を勘案すると、被控訴人の本件事故に対する過失の割合は四割とみるのが相当であるから、本件事故により被控訴人に発生した前記損害額(逸失利益金一七八万七一二八円と慰藉料金一〇〇万円)合計金二七八万七一二八円の四割を過失相殺により減額すると、その残額は金一六七万二二七六円となる。

控訴人は被控訴人が国民健康保険から填補を受けた本訴請求外の治療費合計金二四四万八八六〇円は、被控訴人の損害につき過失相殺をするに際し、まずその損害総額に算入して過失相殺を施したうえ、次にその残額から右治療費を既填補分として控除すべきである旨主張するが、国民健康保険法の立法目的及びその構造に鑑みるならば、損害総額から既払保険給付金を控除した残額につき過失相殺をすべきものであり、控訴人が主張するように損害総額につき過失相殺をしたうえその残額から保険給付金を控除すべきではないと解するのが相当である。そして、このように解しても、保険給付金によって填補された損害については、保険者が代位して加害者に対し右損害の賠償を求めてきたときに、加害者に過失相殺を主張する機会が与えられているのであるから、何ら不都合は生じない。したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

5  損害の填補

損害の填補についての当裁判所の判断は、原判決一四枚目表四行目から同裏三行目までに説示するところと同一であるから、これを引用する。

そこで①の全額に②ないし⑤の過払分(被控訴人の過失相殺による減額分四割)合計金三〇万三七五六円を合算した金五〇万一八八二円を前記損害残額金一六七万二二七六円から控除すべきであり、しかるときは被控訴人の請求しうべき損害額は金一一七万〇三九四円となる。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、被控訴人はその訴訟代理人に対して本件訴訟の提起と進行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約していると認められ、本件事案の内容、審理の経過、事件の難易及び前記損害額に鑑みると、弁護士費用として金一二万円をもって本件交通事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

四  以上の次第であるから、本訴請求は、被控訴人が控訴人に対し本件不法行為に基づく損害賠償として合計金一二九万〇三九四円(逸失利益及び慰藉料金残額金一一七万〇三九四円並びに弁護士費用金一二万円の合計額)及び内金一一七万〇三九四円に対する不法行為の日である昭和五一年五月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべく、その余を失当として棄却すべきものである。よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志 渡辺剛男 裁判長裁判官渡辺忠之は退官したため署名押印することができない。裁判官 藤原康志)

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